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東京高等裁判所 昭和38年(う)2704号 判決 1964年4月30日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人秋山昭一及び同倉田哲治連名提出の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、ここにこれを引用し、これに対し次のように判断する。

控訴趣意第一点について。

証人西村利男は、原審公廷において、警視庁城東警察署警ら第一係勤務の警察官である同証人が、原判示日時頃原判示路上を警ら中、被告人が他の者一名を伴い原判示電柱にポスターを貼つているのを現認した顛末につき詳細証言している。同証人が当時被告人らに任意同行を求めた警察官であること、同証人と被告人の右同行の点に関連する各供述間にくいちがいがあること等の論旨指摘の事情を考慮し、記録に現われている諸般の資料を検討しても、同証人が本件に関し所論のごとき意図の下に事実を歪曲しあるいは誇張して証言したものと認めることはできない。しかして、右証言を含む原判決の挙示する各証拠を総合すると、原判決の判示する被告人と他の者一名との共謀に基づくはり札濫用の事実は、これをゆうに認定しうるのであつて、原判決の事実認定に所論のごとき誤りがあるとは認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二点ないし第四点について。

論旨は、原判決には軽犯罪法第一条第三十三号のはり札濫用の罪の構成要件の解釈を誤り、罪とならない事実を有罪とした違法があると主張する。

軽犯罪法は、社会倫理的観点においては比較的軽度の非難にしか値しないが、公安的見地から特に取り締まる必要があると認められる行為を類型別に規定した刑罰法規であつて、日常の社会生活に平和と秩序をもたらし、公共の福祉を保持することを目的とするものである。叙上立法の趣旨及び目的を勘案して同法第一条第三十三号の規定するはり札濫用の罪の構成要件である「みだりに他人の家屋その他の工作物にはり札をした者」の意義を解釈すると、右規定にいう「他人の」とは、他人の占有するの意味で、他人は個人にかぎらず法人をも含み、「工作物」とは、建物よりは広い概念で、門、塀、井戸、橋梁、電柱、記念碑、塔、墓標などの土地に定着する建設物を総称し、「はり札」とは、その材料が紙であると木であると金属であるとを問わず、「みだりに」とは、ひつきよう違法性を示すもので、社会通念上正当な理由の存在を認めえない場合を指し、したがつて、首肯すべき事由もないのに当該工作物の占有者の許諾を得ないで、これにはり札をすることは、「みだりに」の要件を充足し、違法性を帯びるものと解するのが相当であり、所論のように「工作物」から電柱を、「はり札」から紙のはり札を特に除外すべき合理的な理由がなく、電柱にその占有者に無断ではり札をすることを目して一般社会の法感情において許容されている行為と認めることはできない。また、叙上の解釈は、規定の文理及び目的精神に適合するのであつて、所論のように同法第四条の精神をふみにじる偏頗な解釈であり類推解釈であつて罪刑法定主義にもとるものということはできない。されば、原判決が被告人の所為を同法第一条第三十三号のはり札濫用の罪に問擬したのは正当である。論旨は理由がない。

控訴趣意第五点について。

論旨は、被告人らの本件はり札行為はなんらの法益をも侵害していないと主張する。

しかし、他人の工作物にみだりにはり札をすれば、その他人は該工作物に関しそれ相当の損害なり迷惑なりを蒙る。法がかようなはり札濫用の行為を罰する趣旨は、他人の工作物に対して有する権利を保護するにあり、したがつて同罪の保護法益は、これを従来の分類に当てはめれば、結局個人(法人を含む)の財産権であるということができる。原判決の援用する被告人永谷亀之助に対する軽犯罪法違反被告事件第六回公判調書中証人小林唯安の供述記載(謄本)によれば、原判示電柱は、東京電力株式会社の所有に属するが、東電広告株式会社が東京電力株式会社との間の契約に基づき右電柱を含む同会社所有にかかるいつさいの電柱につきこれを使用して広告業を営みかつその業務の遂行に必要な範囲内においてこれを管理する権利を有することが認められる。被告人が原判示電柱にはり札をした行為は、東電広告株式会社の右電柱に対して有する叙上の権利を侵したものであり、したがつて法益侵害の結果を発生したものというべきである。論旨は理由がない。

控訴趣意第六点及び第七点について。

(一)  論旨は、軽犯罪法第一条第三十三号のはり札濫用の罪に関する刑罰規定は、憲法第十九条、第二十一条及び第三十一条に違反すると主張する。

しかし、右刑罰規定は、はり札を濫用する行為自体のみを罰するのであつて、そのはり札の表現する思想を禁圧する趣旨をいささかも含まず、また思想の弾圧に向けられる必然性を有するとも認められないから、右規定を目して所論のように思想の自由を保障する憲法第十九条に違反するものと認めることはできない。次に、憲法第二十一条の保障する表現の自由は、絶対無制限のものではなく、公共の福祉の要請に基づく合理的制限を受けることを容認するものと解すべきである。右刑罰規定は、すでに説明したとおり公共の福祉を維持することを目的とするものであり、その罪の構成要件の意義はさきの説明において明らかにしたとおりであつて、所論のようにその趣旨きわめて不明確で特定政党等弾圧の意図に基づいて解釈される危険性をおのずから包蔵しているとは解しがたいから、右刑罰規定は憲法第二十一条に違背しないといわなければならない。なお、右刑罰規定は、それ自体において罪刑をともに明らかにしているのである。その罪の構成要件に該当する行為に出た者を所定の訴訟手続に従い右規定に則つて罰することについて、法の適正手続を保障する憲法第三十一条違反を云々する余地のないことはいうまでもない。

(二)  論旨は、本件公訴が軽犯罪法第四条に違背し特定の政党ないし思想を弾圧する意図の下に提起されたとし、これを論拠として右公訴権の行使は憲法第十四条第一項の規定する法の下の平等の原則を侵犯すると主張する。しかし、記録を仔細に検討しても、本件公訴が所論のように特定の政党ないし思想を弾圧する意図の下に提起されたことを認めるに足りるなんらの資料をも見い出すことができない。右の違憲論は、その前提においてすでに失当である。

(三)  論旨は、本件の捜査は、管轄に関する法的保障を無視して行われたもので違法であると主張する。

軽犯罪法違反の罪は、簡易裁判所の事物管轄に属する。しかして、検察庁法第五条によれば、検察官は、同法第四条の規定する公訴の提起等の検察事務については、その属する検察庁の対応する裁判所の管轄区域内においてその裁判所の管轄に属する事項について職務を行うのである。しかし、同法は、捜査について別に第六条第一項の規定を置き、「検察官はいかなる犯罪についても捜査をすることができる」としている。当該事件がどの裁判所の事物管轄に属するかはある程度捜査が進行した後でなければ明らかにならない場合があること、捜査につき窮屈な管轄事項の制約を設けることは捜査の機能を害するおそれがあること及び右法文の配列順序に着眼して勘案すると、第六条第一項の規定は、検察官の捜査に関する管轄事項につきその属する検察庁の対応する裁判所の事物管轄に属するものにかぎるとの制約を特に排除する趣旨で設けられたものと解せられる。したがつて、東京地方検察庁専属の検察官が本件の捜査に関与した事実がかりにあつたとしても、その捜査は適法であつて、所論のように管轄に関する法的保障を無視したものということはできない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法第三百九十六条により本件控訴を棄却すべきものとし、主文のとおり判決する。

検事平岡俊将公判出席

(裁判長判事 坂間孝司 判事 栗田正 有路不二男)

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